#--------------------------------------------------------------------- # Text from Duke on August 15, 1991. # #The following is a sample text (JIS code). #This is a translation of "The Next Computer Revolution", in #Scientific American, Oct. 1987. This is in Nikkei Science, Dec. 1987. # # #Satoshi Sato #Kyoto University # #--------------------------------------------------------------------- 次のコンピューター革命 誕生から50年たたないうちに、コンピューターは産業社会にとって欠くこと のできないものになった。これから10年後には、コンピューターは飛躍的に 強力になる。そして、電話のようにどこにでも存在する知的な道具となり、社 会に計りしれない影響を与えるだろう A.ペレド コンピューターはこの先10年間に、さらに強力で、洗練され、使いやすいも のになるだろう。たとえば、回路の小型化・集積化は今後10〜15年間、現 在のペースで続き、チップ上の密度は現在の20〜40倍になる。この改良は、 並列処理とむすびつく。並列処理をつかえば、問題やタスクを何倍も速く実行 できるようになる。また、磁気記憶デバイスの容量も、15倍になるだろう。 そして、ガリウムヒ素が電流を光に、光を電流に変え、光ファイバーが各コン ピューターを結びつける。パーソナルコンピューターは、10〜100倍の記 憶容量をもち、高品質で高速のスクリーンは64〜256濃度の100万〜4 00万ピクセルからなる画像を表示できるだろう。手書き文字や音声での入力 も可能になるかもしれない。ソフトウェア技術の進歩は、ソフトウェアの製作 を簡単にするだけでなく、コンピューターとのコミュニケーションをより自然 な形にし、コンピューターを使いやすくする。こうした変化は、社会全体の創 造力を高め、さらなる進歩を促すだろう。 コンピューターが発明された当初、それは研究室に置かれた興味ある物珍しい ものでしかなかった。しかし今日、現代産業社会はコンピューターなしで存在 しうるとは考えられない。内外の金融業、工業、交通はすべて、情報の電気的 な流れに頼っている。化学的・生物学的に作り出される薬を設計する科学技術 者は、コンピューターを頼りにしている。エネルギーや物質の性質を探求する 物理学者も同様である。目的をもった知能的・経済的な活動の中にコンピュー ティング(計算処理)ほど浸透したものは、他に存在しない。コンピューティ ングは、おそらく歴史上もっともおどろくべき技術上の冒険的大事業である。 現在、コンピューティングは、新しい過渡期を迎えているように見える。ハー ドウェアとソフトウェアの進歩により、コンピューティングは、この先10年 間、劇的な形でさらに強力となり、さらに洗練され、より柔軟で使いやすいも のとなるだろう。またコンピューター技術そのものによって、コンピューター は、広く利用できる知的な道具となり、電話と同じようにどこにでも存在する ものとなるだろう。視覚的なインターフェースや他の人間的なインターフェー スによって、機械はより使いやすいものとなる。また、柔軟で大容量のネット ワークは、難しい診断を下そうとしている医者や、取引を成立させる投資銀行 家や、新しい機体をつくる飛行機技術者や、宇宙の進化をモデル化する天体物 理学者や、試験勉強を行なう学生など、コンピューティングを必要とするあら ゆる人の間を任意に結合することを可能にするだろう。 コンピューターの発展経緯 そのような知的な道具の出現は、コンピューターと社会の関係に対して深遠な る変化をもたらすことを意味するが、それは、第2次世界大戦以来産業を前進 させてきた動向の直接的な結果である。それらの動向のうちもっとも重要なも のは、電子部品の小型化である。この30年間にわたってコンピューティング のコストを毎年20〜30%の割合で減少させてきたのは、主に小型化である。 チップ上に刻まれるトランジスタやゲートやその他の要素のサイズの縮小に比 例して、オペレーションの速度は増加し、チップの面積当たりの部品の密度は 幾何級数的に増加している。 困難だが努力すれば実現可能な工学的な改善によって、小型化の進行は少なく とも今後10〜15年間、現在のペースで継続することが期待できる(J.D. マインドル「近未来コンピューターのチップ」32ページ参照)。シンクロト ロン放射を用いたX線リソグラフィーと新しい材料とよりよいデバイス構造が、 おそらくチップ上の部品の密度を20〜40倍高めることになるだろう。その ようなプロセッサは、現在のプロセッサのおそらく6〜12倍高速となる。こ のような改良は、コンピューティング・システムで着実に増加しつつある並列 性と結びつくだろう。現在、すべてのコンピューターは逐次的に(一度に1ス テップずつ)計算を行なう。並列計算はこれよりもはるかに強力である。とい うのは、コンピューターは、すべてのあるいは多くの部分の計算を同時に遂行 することによって、問題やタスクを何倍も速く実行することができるからであ る(G.C.フォックス/P.C.メシナ「並列コンピューターのアーキテク チャ」20ページ参照)。小型化が技術進歩のペースを決めるとすれば、ソフ トウェアを進歩させ実用に供することができる速度によって、コンピューター・ システムが産業やサービス、科学に浸透し、これらを変貌させていく速度が最 終的に決まることになるだろう。ソフトウェアによって、コンピューターはあ る問題を原理的に解けるという道具から、実際的に問題を解くという道具に変 わるからである。よりよい構造や、より強力な言語や、より効率のよいプログ ラミング環境等の卓越したソフトウェア技術によって、進歩がもたらされるだ ろう(D.ゲラーンター「並列コンピューターのプログラミング」52ページ 参照)。 ソフトウェアという文脈においては、「構造」という語はタスクを成し遂げる ためにつくられるサブルーチンの効率のよさや洗練さを指す。ユーザーは、タ スクを実行するためのプログラムあるいはその一部を、プログラミング言語を 用いて実現する。プログラミング言語の記述力は、どこまで詳細に記述する必 要があるかという程度によって評価される。最も強力な言語では、ユーザーは 単に問題の数学的あるいは論理的な形式化のみを行なえばよく、細かいことは コンピューターが埋めてくれる。プログラミング環境(プログラマーが命令を 伝える物理的、論理的手段の組み合わせ)は、トグルスイッチからキーボード とマウスへ、フローチャートとコーディングシートから対話的テキストとグラ フィック表現へと進化した。技術の進歩は、より自然なコミュニケーションを 約束する(J.D.フォーレイ「近未来のインターフェース」76ページ参照)。 ソフトウェアを作る努力の大部分が、コンピューターを使いやすくするための ユーザー・インターフェースを作る部分に向けられているのは明らかであり、 近い将来には、問題を解くための概念的な困難さだけが残ることになるだろう。 ハードウェアの進歩 ハードウェアとソフトウェアの進歩によってもたらされた計算コストの急激な 低下は、メインフレーム、ミニコンピューター、パーソナルコンピューター、 装置をコントロールするために装置内に埋め込まれた埋め込み型のコンピュー ターといった幅広い価格帯と性能の中で、コンピューティング能力を利用する ことを可能にした。 このような強力な一連のシステムは、小型化がたえまなく進められてきた結果、 出現してきた。小型化は、リソグラフィー(エレメントのパターンをチップ上 に蝕刻する工程)と、プロセス技術と製造技法の巧みな改良によってもたらさ れたものである。今日、生産に使われるリソグラフィーとプロセス技術は、1. 0〜1.5ミクロンの解像度を達成している。光学的リソグラフィーは、おそ らく0.4ミクロン(1ミクロンは1/1000mm)程度を可能にするだろ う。X線リソグラフィーを使うと、0.1ミクロンまでいくだろう(ちなみに、 人間の髪の毛の太さは100ミクロンである)。 デバイスのサイズが小さくなるに従って、寄生効果と呼ばれる新しい問題が現 われてくる。ミクロンの世界では、デバイスと微小なワイヤーが発生する電磁 界がお互いに干渉し、要求されるオペレーションを不可能にしたりする。しか し、電界効果トランジスタ技術(最高性能の計算機を除くすべての計算機に使 われるようになったトランジスタ技術)が、おそらく密度と速度の点で改良さ れ続けるだろう。ゲート遅延として知られている、信号を受け取ってから出力 に変化が現われるまでの遅延時間は、1997年までには、200ピコ秒(1 ピコ秒は1兆分の1秒)のオーダーになり、密度は、チップ当たり1600万〜 2000万デバイスになるだろう。そのような進歩の自然な結果として、メモ リーチップの容量は、16メガ、64メガ、256メガビットへと増えていく だろう。このような技術によって設計されたマイクロプロセッサは、30〜6 0MIPS(1MIPSは、1秒間に100万回の演算を行なうことを表わす) のスピードで計算できるだろう。メモリーと入出力アダプタをもった1チップ コンピューターは、1〜2MIPSの性能となる。これは、現在のパーソナル コンピューターの性能に相当する。その間の性能ならば、どんな性能のコンピュー ターでも作れるのは明らかである。最初の半導体技術であるバイポーラ技術は、 高性能計算機の重要な部分に使われているが、この技術も同じ方向に沿って進 歩させることができる。40ピコ秒のゲート遅延は予測の範囲にある。バイポー ラデバイスは、比較的大量の電力を消費するので、放熱(冷却)が密度の限界 を決める。この問題は、新しい材料、おそらく、高温半導体が解決するだろう。 コンピューターが命令を実行する速度が速くなるに従って、計算機が与えられ た時間内に利用したり生成したりすることができる情報の量はどんどん増えて いく。このことは、計算機が計量経済モデルを走らせていようが、タンパク質 分子の振動の画像を生成していようが当てはまることである。したがって、コ ンピューターが情報を引き出したり、書き込んだりする記憶デバイスの能力も 向上しなければならない(M.H.クライダー「近未来のファイル記憶装置」 64ページ参照)。実際、ディスクのような磁気記憶デバイスは、過去20年 の間、非常に改良されてきた。1967年には、その容量は、1平方インチ (6.45cm2)当たり200キロビットだったのに対して、1987年に は、おおよそ20メガビットとなった。そしてこの先10年の間に、1立方イ ンチ(16.39cm3)当たり300メガビット(小説約300冊分に相当) のオーダーの記憶密度が可能になるだろう。コンパクトディスクのような光学 記憶媒体は、磁気デバイスが達成できる5〜7倍の情報密度を提供することが できるだろう。 コミュニケーション能力 情報が生成される速度とその量の増加は、コミュニケーション能力への要求を 生み出す(R.E.カーン「近未来のネットワーク」86ページ参照)。この 動向を後押しする力は、異なった場所にあるコンピューターとユーザーを相互 に接続する必要性である。期待されている要求を満たすために、現在光ファイ バー技術が用いられている。米国では、40万km以上の光ファイバーがすで に敷設されている。現在は、主に音声コミュニケーションのために、約25% の帯域幅あるいは容量が使われているにすぎない。しかし、毎秒17億ビット の速度で光ファイバーケーブルと情報をやりとりするデバイスが、既に商品化 されている。実験的なものは、やりとりする速度が毎秒100億ビットに達し ている。光を電流に、電流を光に効率的に変える半導体であるガリウムヒ素に 基礎をおいた光電子集積回路は、スピードとコストを改良するだろう。この先 10年の間に、毎秒4500万ビットの伝送能力をもった高速コンピューター・ ネットワークが広く利用できるようになる。その効果は、1970年代に起こっ たことの3倍は劇的であり、単なるスケールアップ以上のものをもたらす。動 画像を含むアプリケーションが実現可能であろう。遠くの計算機がまるで同じ 建物内にあるかのように応答するという新しいコンピューターの配置が可能と なるだろう。このようなネットワークを利用できるようにするには、ハードウェ アでプロトコルを具体化できる特別なコンピューティング・エレメントの進歩 が必要であり、コミュニケーション・ソフトウェアや新しいより効率的なプロ トコルがかなり進歩する必要がある。 半導体技術とスクリーンの解像度が改良されたので、そのようなシステムやそ の他のコンピューティング設備を使うユーザーは、妥当な価格で高品質、高速 のディスプレーを入手し、これを使って仕事をすることができる。そのような ディスプレーによって、複雑なシミュレーションの結果や複雑なモデル化の結 果を、細かいところまで詳しく鮮明な画像で表示することが可能となるだろう。 分子構造の中への新しい要素の導入や、飛行機の翼の反りの変更などによる変 化の効果を、ディスプレーを使って対話的に調べることができる。高解像度に はもう1つの利点がある。つまり、スクリーンは、きれいな印刷物と同等の品 質でテキストを表示することができるようになる。そのような装置には、特別 なグラフィックチップの開発が必要であろう。IBMは、このようなシステム のプロトタイプを既に開発している。それは、SAGE(Systolic  Array Graphics Engine)と呼ばれている。SAGEは、 数千種類の多角形を操作し、形を変形し、それを動表示したりできる。SAG Eは並列計算によって、必要となれば、実時間で新しい画像を作ることができ る。SAGEは1600万個以上のトランジスタから構成されている。いつの 日か、それをすべて1つのチップ上に乗せることができるだろう。 ソフトウェアの進歩 「よいコンピューターを作るのと同じぐらい速く、正しいソフトウェアを作れ るようになればよいのに」という嘆きに対しては、ソフトウェアを作る能力に おいて、本質的な進歩が実際になされてきたと答えよう。それは、ハードウェ アの空前の進歩に比べれば小さく見えるだけであり、ハードウェアの進歩の結 果から得られたたくさんの新しい可能性に圧倒されているだけである。しかし、 ソフトウェアを書くことは本質的に難しい。というのは、問題に対する解法を コンピューターが実行できるように十分に詳細に記述しなければならないから である。データを受け取る形式といった制約を心にとどめながら、多くの可能 な解法の中から1つを選ぶということは、概念的にも複雑な仕事である。よい ソフトウェアを作るためには、修正や適応といった継続的な変更をよぎなくさ れるという事実は、問題をよりいっそう複雑にする。 高級言語の開発や進化は、ソフトウェアがハードウェアの潜在能力を十分に引 き出すことを可能にするかどうか、という問題に対する答えの一部である。高 レベル言語は、比較的細かなことを書かずに命令を簡潔に表現する。たとえば SETLという言語を使えば、個々のものをいちいち参照する代わりに、一群 のものについての数学的計算が行なえる。たとえば、「100万ドル以上の総 収入があったとするすべての税申告に対し、税の還元の合計が総収入の何%に なるかを計算せよ」といったことがSETLで計算できる。このような言語は、 設計やシステムの初期のプロトタイピングでよく使われる。初期のプロトタイ ピングは、多くの概念上の困難さを確認し、これを解くことを助ける。それは、 段階的にソフトウェアを構築する有望な方法であり、実質上生産性を向上させ るだろう。大規模なプログラミングのプロジェクトを容易にすることを目指し たプログラミング言語を対象に加えれば、より一層の改良が実現するだろう。 そのようなプロジェクトでは、速度を上げることと経済性という理由から、シ ステムの多くの部分を並列的に設計しなければならない。そのためには、注意 深いインターフェースを設計するということに注意を集中させねばならない。 そのようなプログラムは寿命が長いので、その言語は、修正や改良がしやすい ものでなければならない。ここで最も重要なことは、その言語によってデータ のカプセル化ができ、あらかじめ決められた方法でのみデータにアクセスする ことができる手続きが提供できねばならないことである。以上のような配慮は、 十分な性能をすぐに得たいという要求のために、しばしば捨てられるに違いな い。これまでの考え方は効率を優先させたものであった。コンピューティング のコストがどんどん安くなるに従って、構造やモジュール性を優先させるよう になっていくだろう。最終的には、コンピューターに指示するのに必要な時間 を縮小するようなプログラミング方法の進歩や開発が現われるだろう。その1 つの例はPROLOGである。この言語では、プログラマーはプログラムをど のような順序で実行するかということを記述する必要はなく、プログラム・エ レメント間の論理的な関係だけに努力を集中することができる。エキスパート・ システム プログラマーがこのような問題を解決しようと奮闘している一方では、簡単に アクセスできるようになったプログラムの情報倉庫をもったパーソナルコンピュー ターの力によって、仕事はより簡単になるだろう。高度の対話的なシステムに よって、プログラムの種種の側面に高速にアクセスすることが可能となるだろ う。そのような対話性は、コーネル・プログラム・シンセサイザーに見ること ができる。この研究は、研究が始まった時点で既に、プログラム技法を身につ けるためには言葉による道具だてが効果的であることを示した。最近では、ブ ラウン大学のガーデンプロジェクトが、ワークステーションのグラフィック能 力を使って、ユーザーにプログラムの複数の側面を見せるようになっている。 エキスパート・システムは、ソフトウェア技術のツールであり、またその製品 でもある。ソフトウェアの作製は、おそらく、エキスパート・システムを最も 広範囲に使う分野である。論理を応用した形の典型的なエキスパート・システ ムは、(もしAとBが成り立つならばCを行なえという)規則の集合と、ある 目標を達成するために適切な規則を起動し実行する汎用目的のプログラム(推 論機構)からなる。このようなプログラミングスタイルは、プログラマーをデー タ構造の細部や細かな制御の流れ(どのような順番で命令を実行するかという 詳細記述)から解放する。さらに、任意の時点で順序に関係なく、新しい規則 を追加することが可能である。このようなスタイルは、高速なプロトタイピン グやアプリケーションの段階的構築に非常に適している。医学は、集中的な研 究によってエキスパート・システムの技術を実用化に近づけている分野である (G.D.レネルズ/E.H.ショートリフ「医療のためのコンピューター・ システム」108ページ参照)。ソフトウェアは、ハードウェアに対して遅れ が見られるが、コンピューターの進化の過程を振り返ってみると、この2つの 技術は、コンピューティング能力をずっと広げてきたし、これからもますます 活発な成長をすることを示している(12ページの図)。コンピューティング 能力は安定して増大し、種々の価格帯で利用できるコンピューティング能力に 広がりが見られてきた。技術は、かなり小さいが「有用」であるコンピューター を、MIPS当たり十分安いコストで作ることを可能にした。システム全体の 価格の安いものについても同様である。その結果、新しい価格帯が現われてき た。メインフレームは、ミニコンピューターやパーソナルコンピューターや埋 め込み型コンピューターに後を追われている。このようなタイプが出てくるの は、技術と経済の自然な結果である。冷却技術と安いパッキング技術による集 積化と省パワー化が新しい設計を可能にした。より安い価格にすればコンピュー ティングの需要が増大し、大量生産の結果として現われる規模の大きさによる 経済性というものを、さらに生み出す。シングル/マルチプロセッサ 小さなコンピューターは、一般に、比較的小さなメモリーやディスクや入出力 能力しかもたない。したがって、大きなプログラムやアプリケーションを実行 することは不可能である。一方、小さなコンピューター・システムで実行する ことができる仕事をもっているユーザーには、選択の幅が広がる。新しいアプ リケーションは(他のすべての条件が同じとすれば)、最も安いグループの計 算機に実現されるだろう。そのような種類の計算機のMIPS値のピーク値が 向上するにつれて、経済的に見合ったアプリケーションの全体の数は、おのお ののレベルの計算機で経済的に見合ったすべてのアプリケーションをたし合わ せたものであるから、それはより以上の速度で増えていくだろう。今日までの 経験によって、シングルプロセッサ(あるいは、少数の密に結合したプロセッ サ)が最も融通がきくことがわかった。さらに、その能力、スループット(実 際の処理能力)、応答時間は、予測可能で、広い範囲のアプリケーションに対 してうまく動く。マルチプロセッサの性能、スループット、応答時間は、用い られるアプリケーションに強く依存する。 たとえば、多数の現金自動出納機からの金銭の引き出しを管理するために1秒 当たり100の取引を処理するシステムを買う必要があるバンク・インフォー メーション・システムのマネジャーがいるとしよう。1秒以下の応答時間を実 現するために、彼は50MIPSのマシンを1台買うかもしれない。しかし、 10台の5MIPSマシンの方が明らかに安いと考えることもできる。しかし、 その計算は完璧ではない。マネジャーは広がった分の要因を考慮に入れなけれ ばならない。10台のコンピューターの活動を統合するのに必要なハードウェ アとソフトウェアのコストを、考慮しなければならないのである。そのような 要因を計算に入れると、10台の5MIPSマシンより1台の50MIPSマ シンのほうがより経済的であろう(前ページの表)。個々のコンピューター間 の通信のコストは非常に大きく、個々のマシンのトータルの能力と同等なシン グルコンピューターの価格と同等あるいはそれ以上であるということもありう る。コンピューティング・システムがいろいろな形態で利用できるようになる に従って、その選択は、コンピューティングのコストが安いということよりも、 主に、データアクセスやデータ共有のパターンによって左右されるということ になる。そのような考えから、大企業の業務を支えるためのシステムと個々の 労働者の創造性を高めるためのシステムとでは、かなり異なったシステムを採 用するという決定がなされるだろう。大企業においては、10万以上の端末ノー ドが同時に1000の要求を出すことになるかもしれない。企業相互間の業務 を処理するためには、そのような数はさらに1桁増える。 パーソナルコンピューター システムの選択は、アプリケーションの性質に強く依存するようになるだろう。 商業業務を実行するシステムは、応答時間が1秒であることを要求されるかも しれない。そうすれば、業務の量と予算が与えられたとき、最も経済性の高い システムは、たとえば18.5MIPSの性能の4つのプロセッサから構成さ れるとしよう。そのようなシステムが地理的に分散していれば、いつもハンディ を負わされる。応答時間は、各々の処理に関連したメッセージの数に比例して 長くなる。非常に広い帯域幅をとってコミュニケーション遅延をなくすように したとしても、メッセージの交換によって引き起こされるコンピューティング のオーバーヘッド(各各のコンピューターがメッセージを送ったり受け取った りすることを実行するために必要なインストラクション)が応答時間を遅くす るだろう。世界的にはりめぐらされたシステムは、多くの手ごわい問題を生み 出す。連続的な操作によって引き起こされる問題や企業間ネットワーキングに 関連した問題とともに、ソフトウェアの分散、メンテナンス、修正などの問題 である。スケールアップして現われる困難さは新しいアルゴリズム、データ構 造、概念を必要とする。 データを共有することが本質である企業内システムに対して、個人のコンピュー ティング・システムの本質はパワーである。そのようなシステムは、個人ある いは個人労働者の小さなグループが、コンピューター・パワーを、問題に適用 するのを助けるように設計されている。その起源は、メインフレームのタイム シェアリングと対話的コンピューティングにあるが、パーソナルコンピューター の到来以来、爆発的に成長してきたものである。それは、コンピューティング の性質に最も根本的な変化を引き起こすことは確実であり、人間の知性の世界 的な広がりを引き起こす。 次の10年における典型的なパーソナルコンピューターは、今日の典型的なも のに比べ、劇的に強力なコンピューティング・パワーをもち、10〜100倍 の記憶容量をもつことになる。高品質で高速のスクリーンは、1秒以内に、カ ラーで64〜256濃度の100万〜400万ピクセルからなる画像を再表示 することができるだろう。 コンピューターのパワーのかなりの部分は、ユーザーが、たとえば音声あるい は手書き文字を介してより簡単にコンピューターと対話できるようにするため に使われるようになるだろう。IBMの研究部門の研究者は、単語の区切りに 短いポーズを入れれば、2万語の単語を認識できるシステムを開発した。シス テムは6000万の命令からなり、特別な4つのマイクロプロセッサとIBM −PC/ATで動く。4年前には、そのようなコンピューターは1つの部屋を 占領するぐらいの大きさであった。この先5年のうちに、これはカード以下の 大きさになるだろう。連続音声認識は、30倍のコンピューティング・パワー とさらに大きな記憶装置が必要である。コンピューティングでは、正確さの向 上と周りの雑音に対する感度を減少させることが課題である。紙のような薄い 端末が開発され、ユーザーは平らな液晶ディスプレー上に「書く」ことができ るようになるだろう。コンピューターは、文字を認識し、コマンドやテキスト や図面に変換する。そのプロトタイプ・システムには、2〜4MIPSの能力 が必要である。アルゴリズムはこれからさらに改良する必要があるが、このよ うなものは、未来のパーソナルコンピューターの処理能力のほんの一部を占め るにすぎないだろう。人間への窓 ユーザーの便宜を図る音声認識や手書き文字認識に加えて、目で直観的にわか る方法で計算の結果を表示する仕事に、パーソナルコンピューターのパワーが 使われる割合が増えるだろう。円グラフや棒グラフは、多くの色彩を使った3 次元表示で表わされるだろう。このような強力な対話型システムは、パーソナ ルコンピューターがあらゆるコンピューティング・システムの末端として自然 な形で使えることを意味する。それは大きなネットワーク上や数時間の計算の 結果を数秒で描くことができる能力をもったスーパーコンピューター上に開け られた、人間への窓となる。 大きなパワーと柔軟性をもったコンピューターを独占的に使えるということは、 技術者がいろいろな飛行条件下における機体の振る舞いやその効率といった実 に複雑な現象をモデル化することを可能にする(A.M.エリスマン/K.W. ネビス「製造業のためのコンピューター」118ページ参照)。 そのような方法でわかることは、実際のシミュレーションや実験を行なう場合 よりも、はるかに核心にせまるものである(またより少ない費用で)。舞台演 出や建物の外観を電子的にモデル化することができれば、建築家やインテリア デザイナーや舞台セットデザイナーにとっても役立つ。そのようなコンピュー ター・モデリングはアイデアから製品への展開を加速する。新しく得られるひ らめきは、まったく新しい製品や設計概念を作り出すことができるだろう。同 じように、コンピューター・シミュレーションは、科学者が、たとえば銀河が 衝突したとき何が起こるかといったような自然界では実験不可能なことを実験 可能とする(P.ハット/G.J.サスマン「科学技術のためのコンピューター」 96ページ参照)。どこで計算が遂行されるかは、その規模と必要な応答時間 に依存する。自動車の形を修正する技術者は、結果を計算するために6000 万の命令を実行することが必要で、車の形をある特定の角度から表示するのに 40万命令の追加が必要であると仮定しよう。1MIPSのパーソナルコンピュー ターでは、その仕事は、64秒で実行できる。パーソナルコンピューターに高 速結合された20MIPSのコンピューターでは、結果は4秒後に表示される。 計算に必要な60秒は、3秒に縮められる。はかりにかけられるのは、人間の 時間とコンピューティングのコストである。コンピューティングのコストが安 くなるにしたがって、コンピューターは、人間の生産性の向上に貢献するよう になるだろう。並列プロセッサ 実は、はかりにかけられるものがもう1つある。それは、コンピューター上で 車体や機体をモデル化することと、研究室でテストするために、実験モデルを つくることである。本物そっくりにシミュレートするのに必要な膨大なコンピュー ティング・パワーが利用できるようになるにつれて、設計−生産サイクルの最 後のステージを除いたすべてのステージでシミュレーションが用いられるよう になるだろう。これまでの経験によれば、コンピューター・シミュレーション の方がプロトタイプを作るより、より柔軟性があり経済的であることがわかっ ている。その結果、当然のこととして、たとえば、アメリカズカップの競争者 のヨットの竜骨の設計はもちろん、より高速なコンピューターを含むあらゆる ものについて、はるかによい設計が得られている。コンポーネントの密度が指 数関数的に上昇し、ソフトウェアがますます深く高度化してきた結果、並列プ ロセッサの世界が到来した。単一プロセッサ、つまり、通常のコンピューター は、当面の間、たしかに計算の主たるエンジンであり続けるだろう。単一プロ セッサは汎用であり、よい特徴をもっている。しかし、経済性という動機がコ ンピューター・サイエンスの進歩と結び付いて、並列プロセッサ向きの多くの 有用なアプリケーションを作り出すだろう(分散マシンに対しても同様である)。 最高速の完全な能力が追求されていることは明らかである。数千の比較的低速 で安価なエレメントの結合から、作成可能な最高性能の単一プロセッサを10 個結合したものまで、計算エレメントの相互結合のすべてのパターンが、現在 急激な発展をしようとしている。非常に帯域が広い相互結合は、データや命令 をプロセッサ間で高速に伝送することを可能にし、アイドル時間を最小にする ことができる。少数の非常に高速なプロセッサは、光ファイバーを使った光電 子回路によって結合することができる。多数のプロセッサは、スイッチング機 構(電界効果トランジスタの緻密なアレイのような)によって結合しなければ ならない。それは、電話網が2つの電話をつなぐように、2つのプロセッサ間 をつなぐことを可能とする。すべてのプロセッサ間を直結するようなネットワー クをつくることは不可能である。スイッチング機構には、問い合わせが激しく 集中することが想像できる。ほ乳類の脳を手本とした相互結合を仮定した興味 深いモデルもある。性能を分析するツールは、単一プロセッサに対してよく発 達してきたが、並列プロセッサに対しては未開発である。IBM研究部門では、 少数の高速プロセッサの相互結合と並列度の高いプロトタイプのモデルを実験 中である。その1つであるRP3は、柔軟に結合された並列プロセッサであり、 いろいろな種類の並列アーキテクチャのテスト台として使うことができる。R P3はニューヨーク大学との協力により開発され、部分的にはDARPAの援 助を受けている。そのコンピューターは、どのような種類の並列マシンが広い 範囲のアプリケーションを扱えるかについての情報を、実時間で集めることを 可能とする道具となるだろう。 IBM研究部門で開発されたもう1つのタイプのマシンであるYESは、アー キテクチャのレベルというよりも、むしろ、スイッチ−ゲートレベルで、コン ポーネントの回路をシミュレートする並列プロセッサである。YESは、他の どんな単一プロセッサよりも、数百倍速くシミュレーションを実行できる並列 度の高いプロセッサである。YESを用いると、高価なプロトタイプを作らず に、多くの設計のテストとデバッグが可能である。強力なマイクロプロセッサ がどんどん利用できるようになるにつれて、高度に特殊化されたコンピューター を作るという傾向が加速されるだろう。たとえば、IBM研究部門の科学者は、 11ギガFLOPS(浮動小数点演算を1秒間に110億回実行する)の能力 をもったGigaflops11(GF11)という計算機を作っている。交 換ネットワークと呼ばれるスイッチング機構は、あらかじめ決められた計画に 従って共通の命令を実行する576個のプロセッサ間でデータのやりとりを行 なう。GF11の最初のチャレンジは、物質の究極の構造を記述しようとする 量子色力学に基づいて、陽子の質量を計算することである。その計算は、10 %の精度で約10(17)回の浮動小数演算が必要であり、典型的なスーパー コンピューターでは15年かかる。GF11は、それを4ヵ月で行なうことに なるだろう。 コンピューティングの新しい旅 コンピューティング・システムの進歩は、このまま弱まらずに、おそらく指数 関数的に少なくともこの先10〜15年は続くだろう。より多くのユーザーが コンピューターを使えるようになることによって、創造性は増幅され、継続的 な進歩がもたらされる。現在、コンピューティングは、単に、簡単で、比較的 きまりきった精神活動を増幅するだけにとどまっているが、より分析的で推論 的な技法を強化する方向に向けて着実な進歩がなされている。人間の物理的能 力を広げ増幅する能力をもった機械が、産業革命をなしとげたのと同じように、 コンピューティングは人間の頭脳活動の能力を広げるというその能力を通じて、 現在起こっている革命(まだ十分に革命と名付けられていないが)を推進させ るエンジンとなっている。その旅はいま始まったばかりである。